普段はこのブログで、デザイン性に優れた「わかりやすい避難図」の事例を紹介していますが、今回は少し視点を変えて、運営・管理者向けの実践編をお届けします。
- 「そもそも、避難経路図ってどうやって作るの?」
- 「うちは掲示する法的義務があるの?」
そんな疑問をお持ちの方へ。 実は、避難経路図の作成に必要なのは、高度な作図テクニックではありません。
緊急時、パニック状態の人が0.5秒で逃げる方向を判断できるように、いかに情報を整理し、削ぎ落とすかという引き算のデザインが最も重要です。
プロの視点から、その基本の作り方と法的ルールを解説します。
1. 避難経路図の作成・掲示は「義務」なのか?
結論から申し上げますと、施設の種類によって法的義務の重さが異なります。
A. 掲示が「法的義務」となる主な施設
消防法や各自治体の「火災予防条例」により、不特定多数の人が出入りする施設では、廊下や客室など、見やすい位置への掲示が厳格に求められます。
- ホテル・旅館・宿泊所(客室ごとに必須)
- 病院・診療所・福祉施設
- 百貨店・スーパーマーケット
- 劇場・映画館・地下街
これらに該当する場合、掲示がないと消防点検などで指摘の対象となります。

B. 一般的なオフィス・工場・共同住宅の場合
「うちは普通の事務所だから、貼らなくてもいい?」 そう思われるかもしれませんが、実はそうではありません。
一般的なオフィスビル等では、直接的に「壁に貼ること」への罰則付き義務は少ないケースもありますが、企業には労働契約法上の安全配慮義務があります。
もし火災が発生し、避難経路がわからずに従業員や来客が逃げ遅れた場合、企業は「安全配慮義務違反」として法的責任を問われるリスクがあります。
「法律で決まっていないから不要」ではなく、「人の命を守るために必須(リスク管理)」と捉えるのが、正しい施設管理のスタンダードです。

2. 【図解】避難経路図の作り方 基本の4ステップ
それでは、実際にどう作るかを見ていきましょう。 建築図面をそのまま縮小コピーして貼るのは、一番やってはいけないパターンです。必要なのは「情報の断捨離」です。
ステップ Ⅰ:ベース図面の「徹底的な断捨離」
建築図面(青焼き)には、寸法線、柱の構造、配管など、避難者には不要なノイズが多すぎます。
- 壁、扉、階段、非常口だけを残してトレース(書き写し)します。
- 部屋名だけを記載し、白地図のようなシンプルさを目指します。

ステップⅡ:アイコン(ピクトグラム)の配置
緊急時、文字を読む余裕はありません。世界共通の記号を使います。
- 非常口:緑色の誘導灯マーク(JIS規格推奨)
- 現在地:「現在位置(You are here)」を赤色などで明確に。
- 消火設備:消火器や発信機も赤色のアイコンで配置します。

ステップⅢ:最重要!地図を「正置(せいち)」させる
ここが「伝わるデザイン」の分かれ道です。 地図は、掲示する壁の前に立った時の視界と地図の向きを一致させます。
- 決して「北が上(ノースアップ)」のままで作らないでください。
- 右に行けば出口があるなら、地図上でも右に出口があるように回転させます(ヘディングアップ)。
パニック時に「地図上の右」と「実際の右」が一致していないと、人は容易に逆走してしまいます。これを防ぐのが正置です。

ステップⅣ:避難ルートを「線」で引く
- 現在地から非常口までのルートを矢印や線で引きます。
- 色は誘導灯に合わせて緑が一般的です。
- 注意点:1つのルートが炎で塞がれることを想定し、必ず2方向(主経路と副経路)を記載してください。

まとめ
避難経路図は、おしゃれなアートである必要はありませんが、誰が見ても一瞬で意味がわかるという機能美が必要です。
- 法的義務がなくても、安全配慮義務として設置する
- 建築図面そのままではなく、情報を削ぎ落としてシンプルにする
- 掲示場所に合わせて、地図の向きを回転させる
この3点を守るだけで、その1枚の紙が、いざという時に命綱になります。
もし、「自社で作るのは難しい」「より視認性の高いデザインにしたい」という場合は、ぜひプロフェッショナルにご相談ください。
【本記事の主な根拠・出典】
厚生労働省:労働契約法(安全配慮義務)
総務省消防庁:消防法、消防法施行規則(防火管理者の責務)
各自治体条例:東京都火災予防条例 等(特定用途施設への掲示義務)
日本産業規格:JIS Z 8210(案内用図記号)
※本記事の画像は、記事のテーマを分かりやすく伝えるために作成したAIイメージ図です
投稿者プロフィール

- 避難図研究所 所長
- グラフィックデザイン好きな40代。趣味は色んな地域へ行くこと。 「機能美は最高の安全性能」という言葉に共感し、特に避難経路図のような「いのちを守るデザイン」に強く魅了されています。
旅先で出会う、その土地ならではの機能的なデザインに触れるのが楽しみ。



